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11,刑事研修2


 さて、刑事とくれば、取り調べだろうか。
取り調べ、読んで字のごとく、被疑者の悪事を調べるのである。
私がいた警察署の取調室は、畳3畳程度で窓もない密室だった。

部屋には椅子と机がある、椅子は、机を挟んで一つずつある。
被疑者は、出入り口のドアから遠い方の椅子に座らされる。
当然、この座らせる位置にも意味はある。
被疑者が逃走しにくいように出入り口から遠い方に、机などの障害物が逃走をしにくくするような位置に座らせるのである。

刑事ドラマで必ず出てくるが、ドラマみたいにカツ丼等は被疑者に食べさせない。
250円くらいの安い弁当しか出さない。
当然だろう、被疑者に税金使って高価な食べ物を与える必要など全くないからね。
それから、ドラマのように暴行を加えたりもしない。
昔はやっていたかもしれないが、今ではそんなことをしているのがばれたら、えらいことになるのでやっていないようだ。
しかし、私としては、正直に真実を話さないようなら、少々暴力を加えても問題ないのではないかと思う。
基本的に、罪を犯すものが悪いのだから少々どつかれたりしても仕方がないだろう。
が、これが無実の罪で逮捕されたりしている場合には、当然話は違ってくる。
そのあたりは、刑事の眼力というか、見抜く力だろう。非常に難しいところだが、シロかクロかの判断をする力をつけていく必要があると思う。
以前、保険金詐欺調査の仕事をしていたことがあるが、この仕事でも取り調べのようなことをする。
例えば、海外旅行に行ってバッグを盗まれたので保険金請求しましたというような事案についてそれが事実かどうかを調査するというような仕事。
もちろん、警察のような強制力などないから、本人同意の下、喫茶店などで直接会って話を聞く。
ほとんどの場合、電話を本人にかけて会う約束を取り付けるのだが、この電話での数分の会話からでもある程度シロかクロかの判断をつけることができる場合もある。
そして実際に会って話を聞いていくと、確信を持ってシロかクロかの判断をつけることができる場合が多い。
たまにコロッと騙されることもあるが、その場合でも後日クロであることが判明したりする。
極まれに、相手がアホ過ぎて判断がつかない場合もある。常識とはかけ離れた行動をするので、このアホならあり得るかもしれないと思ってしまったりしたこともあったのだ。
 
 話を戻そう。
 取調べ、暴行は加えないがかましあげることはしょっちゅうだった。
よく、取調室から先輩刑事の怒鳴り声が聞こえてきたものだ。
その声を聞いて、他の刑事たちはニヤニヤしている。
取調室の中でその様子を見ていたいと思うが、そんなことは当然できない。
部屋の中では、被疑者と刑事との一対一の真剣勝負が繰り広げられているのだ。
その部屋に第三者が入ることによって、流れが変わったりすることも当然あり得る。
だから、我々新人が見ることができたのは、既に「落ちた」被疑者か最初から協力的な素直な被疑者の取調べだった。
そのような状況では、罵声が飛ぶようなこともない。
穏やかに調べが進んでいく。
とはいっても、被疑者側の心理としては少しでも自分の罪を軽くしようとする気持ちが働く。
10発殴ったところを、「1発か2発かな」などと答える奴もいる。しかし、その答え通りに調書とっていたら、「その刑事、どうなん?」という話になってくる。
被害者がボコボコにされているのに、1〜2発のはずがない。
そんな時には、相手にもよるが、優し〜く「そうか?ほんまに1〜2発か〜?ワシはそんなことはないと思うけどなあ。お前さん、よ〜く考えてみろや。お前さんほどの者がその状況で1〜2発で終わらす訳がないやろう。どないや、ほんまのところは?」などと穏やかに話を進めていくと、被疑者のほうも「う〜ん、そうかなあ。1〜2発やったと思ったけど、違うかなあ。3〜4発かなあ・・・」という話に変わって行き、最終的には「10発くらいは殴ったと思う。」というように供述が変わっていく。
ここで、そんなもん誘導尋問やないかと考える方もいるかもしれないが、本当に1〜2発しか殴っていなかったら、普通強く否定するものである。
やってもいないことをやったと言うような人間は、そうそういない。
これは保険の調査でも同様であったが。

ちょっと変わった取り調べでは、聾唖者(耳が聞こえないず言葉が話せない者)の被疑者の取り調べというのもあった。
この被疑者、確か極道だったと思うが、手話で同じ
聾唖者を脅して金品を巻き上げたというものだが、シャブもやっていたように思う。
その彼の見張りというか、先輩刑事が所用で取調室を出ている間、私がその被疑者と二人きりになったのだが、その際、少々筆談で会話をしたのだ。
話を進めていくと彼も極真空手をやっていたことが分かり、結構話が弾んだことがあった。
「練習はきつかったよねえ、でも楽しかったよね。」などと話をしたが、なぜか彼の言葉が極道にしては異常に優しかったのを覚えている。
この取り調べ、被疑者が聾唖者であったため、通常の取り調べのようにはことが進まず、筆談での取り調べとなったために、かなり時間がかかったようだ。


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